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リストマーク 地域史研究の波は確かに寄せつつある、かな?ー佐竹氏の金山跡解明ー 

2006年11月08日 ()
 WEB版常陽新聞JOYOnewspaper2006年11月08日のHeadlineNewsに、日立製作所の元エンジニアら郷土史家3人が佐竹氏の金山跡を解明し調査結果を冊子にまとめたという記事が出ていた。面白いので全文転載させていただいた。以下のOpen↓をクリック

●戦国大名・佐竹氏の金山跡を解明
日立市の郷土史家3人、調査結果を冊子に

日立製作所の元エンジニアらが自分の足で調査した、戦国大名の佐竹氏が掘ったとみられる金採掘跡について、日立市郷土博物館関係者が小冊子にまとめた。

調査では北茨城市から常陸太田市周辺に、二百二十六カ所の金山跡を確認。三人はさらに、研究会を組織して調査・研究を続けていくと張り切っている。

調査を行ったのは、日立市森山町の滝友彦さん、同市金沢町の綿引美雄さん、同市相田町の川上武夫さんの三人。滝さんは子どものころ、大金田金山(北茨城市)近くの川の下流に住んでいて、自然金を見つけて以来興味を持っていたという。

佐竹氏は産金を権力の基盤にして戦国時代に大きな勢力を築いた。秋田移封前の約二十年間が金採掘の最盛期といわれている。

滝さんは三年前から二人の郷土史家とともに北茨城、高萩、日立、常陸太田の山中を歩き、トンネルの寸法を測り坑道の位置や地形・地質などを明らかにし、写真にも収めてきた。文献や付近の住民などから聞き取り調査などを行い、文献などに掲載されていない金山跡も確認することができたという。

調査は多賀山地の金山を瀬谷、金沢、大久保、助川、山尾の五つの金山群に分けて行い、金山坑道百十六坑、採掘跡百十の計二百二十六カ所の存在を明らかにした。

滝さんは八月に開かれた第一回郷土日立研究発表会で調査結果を報告。出席者らが貴重な成果として高く評価。今回、「多賀山地の佐竹金山跡の探索」と題して冊子にまとめた。A4サイズで、カラー刷り十三ページ。手書きの地図や坑道のカラー写真などを収録した。

同郷土博物館の志田諄一館長は「これまで全体の数も分からなかったし、全体をみる研究はなかった。坑道の位置や地形まで調査し、これだけまとまっているのは初めてでは」と評価している。
[本記事はWEB版常陽新聞JOYOnewspaper2006年11月08日のHeadlineNewsより転載した]
[2006.11.08(Wed) 18:15] いろいろなお知らせTrackback(0) | Comments(0)
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