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2006年11月04日 ()
 アオさんのブログ『北緯37度付近の中世城郭』の今日の記事「やっとお会いできました 那珂通辰殿」は、那珂氏と佐竹氏の関わりを手短に紹介したとても分かりやすく面白い内容。那珂通辰の墓は佐竹一族の墓所からわずか200mの距離にあり、これは佐竹氏が菩提寺の正宗寺に依頼してケアしていたとのことだ。アオさんは「当時は死んでしまえば、敵という感情はなかったのであろう。信長や家康だったら墓まで破壊するだろうが。」と書いているが、敵という感情がなかったのではなくきっと怨霊や祟りを畏れ供養したに違いない。
 日本人の精神構造が中世のある時期に大転換したという話を茨城大学の金本正之先生(昭和50年当時)から聞いた。それは前期日本人/後期日本人と区別できるほどの大変化だったらしい。多くは忘れてしまったが、いま覚えているのは「善悪」、「怨霊や祟りへの畏れ」などの規範の違い。南北朝期の佐竹氏は前期日本人、信長や家康は後期日本人。これが行動の違いに現れているのではないだろうか。
 この話を聞いてからもうかれこれ30年経っているが時々思い出して歴史上の人物の行動を見るときのヒントにすることがある。それにしても金本正之先生、どうされているだろうか、、、
[2006.11.04(Sat) 18:53] 雑談Trackback(0) | Comments(0)
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