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リストマーク 龍ヶ崎市馴馬の来迎院多宝塔が国重要文化財に 

2006年10月29日 ()
061029.jpg 馴馬の来迎院(天台宗)は山号寺号を箱根山宝塔寺といい、阿弥陀如来を本尊とする。寺伝では、永正14年(1517)、逢善寺末寺として創建されたという。多宝塔も来迎院の創建時(あるいはそれ以前)に建立されたとするのが自然で、弘治2年(1556)とするのは明らかな誤り。この時には老朽化した多宝塔の修繕が必要な状態になっていた。この多宝塔は茨城県内でも代表的な堂塔建築の一つで、16世紀初頭にこれだけの多宝塔を備えた来迎院は常陸でもかなり重要視されていた寺院だったに相違ない。【以上『龍ヶ崎市史中世編』p309~を参考にしました】
 来迎院多宝塔についてはOpen↓をクリックして下さい。写真は2001年10月2日に来迎院を訪れたときのもの。

 下層が正方形、上層が円形の二重の塔で、こけら葺(ぶ)きの屋根に相輪を載せている。また、長押(なげし)の両端に位置する木鼻(きばな)の渦巻き模様などがあり、和様を基調としながらも細部に禅宗様を取り入れた、室町期の北関東の社寺建築の特徴を伝えている。多宝塔は、水戸市の薬王院本堂(国指定重文、1551年)の建立などにもかかわった前嶋姓の大工一派が手がけた。98年8月~01年3月に解体修理をした際に、屋根や床から横揺れを防止する耐震構造が見つかっている。【Yahoo!NEWS10月28日(土)11時2分から】
[2006.10.29(Sun) 14:34] いろいろなお知らせTrackback(0) | Comments(2)
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COMMENT

今度じっくり見てきます by 五郎
かなり貴重な建造物とは認識していましたが、国の重要文化財に指定されるほどとは思ってなかったので驚きました。土岐氏関連では一番の出世でしょうかね。久野の観音堂(でしたか)も貴重な建物だと思いますが、これは県の指定でしたか?

今後にも期待 by ひづめ
派手さはないけど古びの付いた渋~い多宝塔で、良いものですね。関連文書もいくらか残っているので国重要文化財として認められたのでしょう。五郎さんが言われるように、土岐氏関連の史跡としては出世頭かもしれません。ただ、江戸崎土岐氏はもっと知名度が上がって然るべきなので、今後地元でも認めて詳しく調べていけば他にも史料価値のあるものはあるはずですよ。五郎さんも、地元民としてがんばって下さい。

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かなり貴重な建造物とは認識していましたが、国の重要文化財に指定されるほどとは思ってなかったので驚きました。土岐氏関連では一番の出世でしょうかね。久野の観音堂(でしたか)も貴重な建物だと思いますが、これは県の指定でしたか?
[ 2006.10.29(Sun) 22:07] URL | 五郎 #UN5IrTYE | EDIT |

派手さはないけど古びの付いた渋~い多宝塔で、良いものですね。関連文書もいくらか残っているので国重要文化財として認められたのでしょう。五郎さんが言われるように、土岐氏関連の史跡としては出世頭かもしれません。ただ、江戸崎土岐氏はもっと知名度が上がって然るべきなので、今後地元でも認めて詳しく調べていけば他にも史料価値のあるものはあるはずですよ。五郎さんも、地元民としてがんばって下さい。
[ 2006.10.29(Sun) 23:07] URL | ひづめ #zdITjaKQ | EDIT |

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