TOP > CATEGORY > 調査・発掘情報
TOP | NEXT

リストマーク 「西め客問題」に新たな展開 

2017年05月16日 ()
「西め客問題」というのは古文書解読時の誤りが長年修正されない例として、以下に紹介したことがあります。
 →西め客(『美浦村お散歩団』:文字化け未修正をお許しください)

2017年春に「臼田文書」が茨城県指定有形文化財に指定されたのをきっかけに内容の再確認が行われ、その過程で「西め客」の解読もようやく正されることになったらしいのです。「臼田文書」の調査に関わられた先生と以前たまたま古文書についてお話をする中で「西め客問題」のことをお伝えてしておいたのを、今回検討課題にしてくださったとのことです。これによって『茨城県史料 中世編I』の正誤表が出るということではないでしょうが、今後は「西め客」ではなく「要害」と書かれる機会も徐々に増えてくると思われます。私がこの問題を始めて耳にしてからでも17年が経ちましたが、一歩前進だと感じます。
[2017.05.16(Tue) 22:17] 調査・発掘情報 | Trackback(-) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 「安得虎子」新発見原本 来春公開 

2016年12月18日 ()
1612181.png中世史料集「安得虎子」原本を確認

茨城新聞クロスアイによると、宮本茶村の「安得虎子」の原本が見つかり、来春、歴史館のデジタル写真帳で公開される様です。
写本で知られていた巻の他に、新出の巻が多数ある様で、茨城の中世史研究にとってものすごく大きなインパクトを与えると思われます。[写真は茨城新聞クロスアイより]
[2016.12.18(Sun) 09:51] 調査・発掘情報 | Trackback(-) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 小田城現地説明会 12月5日(土) 

2015年12月03日 ()
151202小田城現説今年も土曜日の開催なので行けませんが、『常陽新聞』の記事を貼っておきます。
[2015.12.03(Thu) 09:00] 調査・発掘情報 | Trackback(-) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 「駅家」関連施設の現地説明会(福島県広野町) 

2013年05月19日 ()
1305181.jpg福島県広野町の災害公営住宅建設予定地での発掘調査で奈良時代の「駅家(うまや)」関連施設と思われる遺構が出たという情報を得た。5月18日(土)の現地説明会へは美浦村お散歩団々長は参加できないのでヒラ団員を派遣した。場所はJR常磐線広野駅の南側徒歩5分程のところにある桜田IV遺跡。
 →広野町桜田Ⅳ遺跡 現地説明会開催について

報告:事前の新聞記事では、発掘調査によって住宅建設に遅れや変更が生じるといったマイナス面が強調されている印象だった。しかし、現地説明会の挨拶ではここを地域の歴史や文化を語る重要な遺跡と捉えて住民が集い繋がる場として保存活用したい、また住宅建設も急ぎ、遺跡との共存をめざすという強い意気込みが感じられた。ただ、参加者の会話の端々にはいまだに続く避難生活の厳しい現実も垣間見られた。
空間線量モニタリング(μSv/h):勝田と日立の途中0.064、日立0.091、北茨城0.109、植田0.066、広野0.060。うわぁ、我が家の周囲の方が余程高いよ(0.2くらい)。

そう言われると翌日の福島民報記事は好意的な紙面に変わっていると感じられる。
[2013.05.19(Sun) 19:33] 調査・発掘情報 | Trackback(-) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 取手山館(小美玉市)で現地説明会が開催された 

2013年02月28日 ()
2月23日(土)に小美玉市の取手山館で現地説明会が開催された。発掘調査が行われていることは石崎さんから聞いていたのだが、休日に行く時間が無く、もちろん土曜日の現説へ行けるはずも無かった。

1302281.jpg当日の報告は『北総の秘めたる遺跡』掲示板の取手山館発掘現地説明会(茨城県小美玉市)や、余湖さんの掲示板などで議論されている。現説に参加したオカちゃんから資料と写真を見せて貰ったが、この遺構の現物を見られなかったのが残念に思われるへんてこりんな物件の様だ。
[右図は現説配布資料の一部]
[2013.02.28(Thu) 17:36] 調査・発掘情報 | Trackback(-) | Comments(2) 見る▼
↑TOPへ


COMMENT

取手山館 by 源五郎
ひづめさんこんにちは。

取手山館、確かにへんてこりんな物件でした(笑)

曲輪内から、埋門形式で何本も出撃路が堀底に向かって掘られ、さらに一部は城外にも延びているという。しかも、竪堀ではなく、明らかにスロープ状の通路でしたからね。

小川方面から姿を見られる事なく、守備隊や伏兵の移動をしたのではないかと思いますが。

これを鉄砲戦の産物とみるか、寡兵の守備側の戦術とみるかで、解釈は大分変わりますね。

by ひづめ
源五郎さん

現説でオカちゃんと会ったそうで、私も行きたかったなぁ。
トンネル構造というのが面白いですね。これまで知られているトンネルは真田の抜け穴や関城の坑道のようなものですが、伝え聞くところによるとここのトンネルはちょっと違うみたいに感じました。
トンネルを潜って城内へ入るなんて責め難いですよね。
街道閉塞堀切群など常陸南部は異形の城の本場なのでしょうか。
それにしても鉄砲玉がものすごい数ですね。
ああ、見に行きたかった。

コメントを閉じる▲

リストマーク 野田館関連施設? 発掘調査中 

2012年10月22日 ()
旧八郷町、現在の石岡市野田字押堀の野田館跡の南側の丘陵先端部で発掘調査が行われている。野田館は下三郷公民館周辺にあったと考えられているが、今回の調査で見つかった遺構はこれまで未発見のものだそうだ。

1210221.jpg野田館跡から南側を臨む。正面の丘陵先端部で調査が行われている。


1210222.jpgブルーのネットの内側は広域農道の延長工事によって湮滅する予定だが、外側は残るとのこと。


1210223.jpg下三郷公民館の辺りが野田館跡と考えられていて、東側の薮の中には土塁と堀らしきものが残ってる。また、現在は畑になっているところにかつて土塁があったということだ(オレンジの破線は私の想定)。

今回、野田館の南側、水田を渡ったところにある丘陵先端部に城郭関連と考えられる構造物が見つかった。赤は土塁、水色は堀と見られるが、これはあくまでも私の捕らえ方。野田館にいた小松氏の詰めの城または街道監視の砦か関所として構築したのか、時代が下って佐竹氏がこの地への足掛かりとして手を入れたのか、歴史的な解釈は今後の報告と議論を待ちたいと思う。

調査員の方に伺ったところ、現地調査は11月上旬頃までを予定しているとのことなので、現地をご覧になりたい方はお早めに。

1210224.jpg帰りに、近くの高友古塁(丸山古墳)に寄った。古塁と言われるからには古いのだろう。確かに周囲の堀はけっこう深く掘ってはいるが、堀幅が長槍でも届きそうで、少なくとも鉄砲戦を想定していないことは明らか。
[2012.10.22(Mon) 19:23] 調査・発掘情報 | Trackback(-) | Comments(6) 見る▼
↑TOPへ


COMMENT

野田館 by 源五郎
ひづめさん早速のアップお疲れ様です。

野田館、こうして図示されると方形居館らしくなりますね。
今発掘されている城館が、果たして小松時代からあったのか、外部勢力が接収して大拡張したのか、気になるところです。

また、臼田氏居城の件ですが、確認したところ羽賀城中城部分の発掘で、2008年12月に行われております。翌年、『中城古墳群』の題名で稲敷市教育委員会から報告書が刊行されていますね。

by ひづめ
昨日は久しぶりに生しい遺構を見ることができました。
歩測もなしに見渡しただけの記憶で参考までに描いてみました。
平面的に見ると方形居館の様ですが、居の証拠は薄そうですね。中段と上段の高低差も奇異な感じがしました。

羽賀城の情報をありがとうございます。稲敷市の資料を見に行ってみます。

by P
ひづめさん、ご無沙汰しております。Pであります。

昨日土曜日の午後、現地を訪問いたしました。
自分は始めてみる形態の城館だったので、終始驚きの連続でした。
しかし開発で発見されたというのもなんだか切ないですね。消滅が決定しているのですから…

以前から「茨城の城郭」を見ていて印象に残っていたせいか、全体の様子が旧玉里村にある「飯塚城」と似ていますね。
飯塚城の城主は常陸平氏、すぐ近くには小松氏の居館もあります。
何か関係があるようにも感じます。

by ひづめ
Pさん、お久しぶりです。

源五郎さんからお知らせいただき、Pさんの過去記事を参考にさせてもらって先週見に行ってきました。その日はよい天気でしたが、昨日は午後からけっこうな雨で生憎でしたね。

この遺構の占地・縄張りはおっしゃる様に飯塚城に似ています。穴蔵城というタイプでしょうか。その他には、土浦市高岡の法雲寺(岡の宮館)、阿見町の塙城北側遺構などが似ています。飯塚城、塙城はかなりしっかりした多重堀で防御を固めていますし、岡の宮館の場合も背後にわずかに残る土塁・堀から推察するに、国道工事で湮滅する前には多重堀があったことも考えられます。それらに対して、この遺構では背後の防御が全くと言っていい程無いらしいので、占地の意図に違いがあるのかもしれません。

by 源五郎
こんばんは。

昨年発掘調査が行われた、石岡市の野田館跡の調査報告書が、石岡市教育委員会より刊行されるようです。
北側の従前から周知されていた旧野田館跡と、南側の今回発見された野田館跡は、相互に関連し合いながらも、基本的には別個の城館という結論です。
縄張りや主たる警戒方向から、北側は在地土豪小松氏の、南側はおそらく佐竹勢が小田一族上曽氏に対置するため築いた城館である由。たしかに、南側の城館の主郭西側正面に上曽氏の詰の城である猿壁城が見えます。
時期的には、まさに小田と佐竹の攻防戦たけなわの16世紀半ば以降ごろの遺物を中心とし、土鍋や石臼などの雑用品ばかりで、貿易陶磁器などの威信財は出土しなかったそうです。佐竹方と小田方の境目として国境警備隊のような雑兵たちが立て籠もっていたんですかね?
しかし、無防備の東側背後から攻撃されたら、イチコロの気がしますが・・。

16世紀中ごろは、府中大掾氏に佐竹義昭が進駐し、宍戸氏も佐竹に圧迫されて小田を見限っていた時期であり、野田館跡より東側はこの両者の勢力圏であるため、無防備ないし防御施設の設営が後回しなのではないかということみたいです。つまり、西や南のみを警戒防御あるいは威圧するための城館ということですね。
いずれにせよ、未完成のうちに主たる役割を終えた可能性が高いのではないでしょうか。

by ひづめ
源五郎さん

お知らせをありがとうございます。
野田館は佐竹側の陣城的位置づけになるわけですね。

>無防備の東側背後から攻撃されたら、イチコロの気がしますが・・。

私はあの台地上からなら鉄砲と言わずつぶて石を投げ込まれるだけでもボコボコにされそうな気がしました。

取手山館にしろこの野田館にしろ、これまで見過ごされて山林に眠っているような城館は、未完成や制約を受けた縄張りなど、異形と感じる部分も多いかも知れませんね。

コメントを閉じる▲

リストマーク かすみがうら市の瓦工房遺跡 東日本初の発見  

2012年08月11日 ()
120811.jpg茨城新聞に、かすみがうら市の松山廃寺遺跡の発掘調査の記事が出ていた(→かすみがうら市の遺跡・松山廃寺、実は工房跡)。この遺跡はこれまで瓦が大量に出ていたため廃寺跡と考えられていたが、瓦が多く見つかるのは石岡の常陸国分寺へ供給するための瓦を焼いていた工房跡だったからではないかという説が今回の調査で有力になったということらしい。もしもそうであればけっこう大きな発見なのではないかと思われる。[写真は茨城新聞提供]
[2012.08.11(Sat) 19:48] 調査・発掘情報 | Trackback(-) | Comments(4) 見る▼
↑TOPへ


COMMENT

野田館 by 源五郎
はじめまして。源五郎です。

石岡市内旧八郷町の野田館において発掘調査が行われています。

しかも、伝野田館跡の南側、谷津を挟んだ対岸の台地上で、野田館跡からはすぐに見えます。上下三段に築成された曲輪や土塁、櫓台が威容を誇っています。

『八郷の中世城館』や『八郷町史』にも掲載されていなく、全く新発見の城館と思われます。

by ひづめ
源五郎さん
情報をありがとうございます。
余湖さんのページ
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/6650/yasato.htm
では野田館もよく分からなかったとありますが、場所はここでよろしいのでしょうか。

by 源五郎
ひづめさんこんばんは。

そうです。いわゆる野田館は、下三郷公民館とその南の畑地です。地元の年配の方によると、戦後まで畑地の南側(墓地がある方)にも堀と土塁があったようです。


発掘が為されているのは、「Pの遺跡侵攻記」にある野田館付近の二枚の航空写真に、いずれも中央一番下に見えるこんもりした岡です。

公民館付近から切岸などが見えます。

by ひづめ
22日月曜日に時間を取れそうなので天気が良ければ見に行ってみようと思います。源五郎さんともお会いできるかな?

コメントを閉じる▲

リストマーク 土浦城発掘調査 現地説明会 

2012年03月10日 ()
120310.png土浦市立土浦小学校校庭で行われている土浦城跡発掘調査の現地説明会が明日3月11日(日)10時から行われる。詳しくは、上高津貝塚ふるさと歴史の広場(029-826-7111)まで。
[2012.03.10(Sat) 13:49] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 2011年度 小田城跡現地説明会 

2011年11月30日 ()
111130.jpg今年もやってきました、12月恒例の小田城跡現地説明会。余湖さんの掲示板に投稿があったのを見て思い出しました(そうそう、この前伊賀蔵さんからも教えてもらっていました)。仕事が早く終わったら急いで駆けつけようと思います。

日時:平成23年12月4日(日)午前10時30分~/午後1時30分~(同内容)
    ※雨天の場合,12月11日(日)に順延(雨天順延)
場所:国指定史跡・小田城跡(茨城県つくば市小田2377番地)
    ※集合場所は本丸跡付近(当日は国道125号線から案内表示あり)
お問い合わせ先:つくば市教育委員会文化財室(電話029-883-1111)

つくば市役所ホームページ、小田城跡発掘調査 現地説明会開催に掲載されています。
[2011.11.30(Wed) 21:20] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 木原城 発掘調査遺跡現地説明会 追加のお知らせ 

2011年08月22日 ()
110822.jpg8月20日の現説が中止になって、木原城を知っていただく機会の一つが失われたことをたいへん残念に思っていましたが、本日、木原城本丸駐車場にある現地事務所を訪ねたところ、22日、23日は希望者には個別に説明の対応をしてくれるとのことでした。

そこでさっそくご案内をお願いしました。地元で伝え聞く巨大な山戸堀伝説を垣間見せてくれる堀跡の幅広さが私には印象的でした。さらに、三重四重の土塁、その一部には障子堀に見える堀跡、土塁と土塁に囲まれた虎口らしき部分、その近くに掘られた建物の柱跡など、今回の調査区は道沿いの非常に細長い領域のため全体像が分かりにくいかもしれませんが、木原城マニアにとっては見所満載です。

29日以降は、道路工事開始までの危険が無いように埋め戻されるそうなので、ご覧になりたい方はぜひ今週中にお越し下さい。
[写真は現地説明会配布予定だった資料から]
[2011.08.22(Mon) 22:00] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 木原城 発掘調査遺跡現地説明会のお知らせ 

2011年08月11日 ()
110811.jpg先にお知らせ済みですが、美浦村木原で木原城の発掘調査が行われました。8月20日(土)の現地説明会の案内が地域の回覧で回ってきましたのでお知らせします(回覧ちらしをスキャンしたため見難くて済みません)。
今回の調査区域は大手郭と目される箇所に隣接した部分ですので内容が注目されますが、交差点改良工事に伴うものなのでおそらく調査後は湮滅してしまうでしょう。暑い季節ですが、この機会に木原城見学を兼ねて現説にご参加下さい。私は残念ながら仕事があるため当日は参加できませんが。
[追記]残念ながら現説は中止となったようです発掘情報いばらき
[2011.08.11(Thu) 11:33] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 木原城で発掘調査 

2011年07月13日 ()
110713.jpg美浦村木原の国道125号線と県道68号美浦栄線との交差点の改良工事のため、拡幅部分の発掘調査が行われています。外から見るだけでも土塁断面や堀らしき黒土が分かります。ここは、巨大な山戸堀を上がり、大手郭に隣接した場所なので、かなりの情報が得られる調査になることが期待されます。

調査は茨城県教育財団が行っていて、すでに木原城址調査の中間報告が紹介されています。主要な調査は7月いっぱい行われ、8月20日(土)14時から現地説明会が予定されているらしいです[一応聞いた話なので、後日、同財団発掘情報いばらきまたは美浦村文化財センターなどのページでご確認下さい。また、本ブログでもご案内する予定です。]
[2011.07.13(Wed) 19:48] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 真壁城でも恒例の現地説明会 

2010年12月03日 ()
021027.jpg12月5日、桜川市の真壁城でも現地説明会が開催される。
詳しくは桜川市教育委員会へお問い合わせください。
[写真は2002年10月27日に訪城したときのもの。随分と景観が変わっていることだろう]


 →敵からの防御に工夫 真壁城跡の調査結果 桜川市教委(東京新聞記事)
[2010.12.03(Fri) 17:49] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 今年もあります 小田城現地説明会 

2010年11月30日 ()
101130.jpgつくば市小田の小田城跡では、今年も現地説明会が開催される。
今年の場所は、初めて発掘調査が行われた信田郭で、4度にわたる大改修が見つかったらしい。

2010年12月05日
1回目:10時30分~ 2回目:13時30分~

 →小田城跡発掘調査 現地説明会開催(つくば市)
 →つくばの国史跡 小田城跡 大規模改修の跡 発見(東京新聞)
[2010.11.30(Tue) 23:38] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 新堀東遺跡発掘調査 堀底まで露出 

2010年05月17日 ()
100517.jpg4月26日に見に行った土浦市手野の新堀東遺跡、5月17日には堀底まで出す予定とお聞きしていたので、今日は戦国土塁の発見者である阿見町の大竹房雄先生と供に再訪。現地へ行ったら本遺跡の発見者の石崎さんがすでに堀底へ降りてニコニコされている。調査中のためその写真を公開できなくて残念。

発掘の様子は茨城県教育財団のページで少し見られる。
1005172.jpg
その後、富士見塚古墳まで足を伸ばし北浦を眺めながら弁当を食べて帰宅。
[2010.05.17(Mon) 17:24] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 新堀東遺跡発掘調査中 土浦市手野 

2010年04月26日 ()
100426.jpg土浦市手野の国道354号線おおつ野台交差点の拡幅工事に伴う発掘調査が現在行われていて、これまでのところ石崎さんが指摘した通り堀跡がはっきりと確認されている。まだ掘っていない部分を推定すると、深さ約3mといったところか。土塁については未調査部分には認められるが、今回の調査区域ではすでに隠滅しているようだ。
調査は5月いっぱいで、5月中旬には財団法人 茨城県教育財団のホームページで紹介予定とのこと。

[調査中のためまだ写真掲載できないので、Googleの航空写真で位置を示した]

この後、本城と考えられる手野城を見て、茨城空港見学へ。
[2010.04.26(Mon) 19:40] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 現説のご案内 美浦村信太入子ノ台遺跡 

2010年04月23日 ()
各紙で紹介されているのでご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、美浦村信太の日本中央競馬会美浦トレーニングセンターに関連する敷地で行われている発掘調査では、縄文時代の住居跡が4つまとまって見つかったり、平安時代の信太郡に関連すると思われる墨書土器が複数見つかったり、仏教の浸透を示す骨壺が見つかったりと、今後の研究に影響を及ぼすであろう多くの発見が続いている。

一般向け現地説明会は4月25日午前10時から。
問い合わせは美浦村文化財センター(電話029-880-0291)へ。

東京新聞  →常陽新聞  →毎日新聞

★★★
[追記]現説当日の風景
100425.jpg一番気になっていたのが信太郡衙との関連。当日配られた資料図に、写真の左前方台地縁に1辺約30mの方形と思われる溝跡が描かれている。これは!と期待して質問。実際に奈良・平安期の溝跡には違いないらしい。ところが、「佛」と書かれた墨書土器は出たものの、内部に遺構が全く無く、瓦も見つからなかったことから、郡衙との関連は疑わしいということだった。ふぇ~い、目の前に思わせぶりな遺構がありながら、郡衙が遠退く~。
[2010.04.23(Fri) 21:29] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 小坂城 調査中 

2010年03月08日 ()
100308.jpg公園化へ向けて薮が払われたので1年ほど前から何度か見に行っている牛久市の小坂城だが、調査が行われているというので大竹房雄先生といっしょに見に行って来た。
昨年見たときよりも薮刈りの範囲はさらに広がりとうとう全郭に及び、中世城郭の壮観な風景が現れている。昭和56年の調査をやられた先生も「当時は頭の中で想像するしかなかった」遺構を今初めて目にすると言う。
これまでの調査では、遺物は中世のかわらけが主で、南東側の二郭の東側の土塁に平行して建物跡(柱列)が見つかったとのことだ。

本日の動画→ 

 →小坂城 薮が刈られて見頃 (09.01.19)
[2010.03.08(Mon) 18:21] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(2) 見る▼
↑TOPへ


COMMENT

by 五郎
写真を拝見しても以前よりずいぶんきれいになってるようですね。1年前に見たときは牛久城の整備に比べて雑な感じがしたんですが、あれは途中経過だったと分かり気分がすっきりしました。
ひづめさんもご存知かもしれませんが、牛久城のほうもさらに整備範囲が広がって、中城西側の横堀も大変見やすくなってますよ。小坂城で発掘が行われているなら、そのうち牛久城でもと期待しちゃいますね。

雑草の無い今が良いですよ by ひづめ
五郎さん、こんばんは。

 大竹先生と、「こんなすばらしい景観を見られるなるなんて、想像だにしなかったですね。」とお話ししました。本郭北側土塁の横矢の張り出しも、頭の中で想像するしかなかったですが、今ならば写真にも写せます。当日は広角レンズがなかったので、立体感ある写真を写せなかったのは残念。
 ただ、堀底に伐採した竹を砕いたチップを撒いているため、浅く感じてしまうのが残念でした。

 牛久城がさらにきれいになっているのは知りませんでした。近いうちに行ってみます。

コメントを閉じる▲

リストマーク 小田城跡発掘調査現地説明会 

2009年12月02日 ()
恒例の小田城跡発掘調査現地説明会が行われます。

日時 12月6日(日)
   午前10時30分からと午後1時30分からの2回
小雨決行、雨天時は13日へ延期。
問い合わせ先 つくば市出土文化財管理センター
       電話029-867-4757

[追記]真壁城の現地説明会も同時に行われます。
日時は小田城と同じだとは思いますが、正確な情報は、桜川市文化生涯学習課文化財係へお問い合わせください。
[2009.12.02(Wed) 22:10] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(7) 見る▼
↑TOPへ


COMMENT

真壁城跡の現地説明会 by 茨城城郭会メンバーの同僚
多気山城の説明会の時に余湖さんのBBSに投稿させて頂いた者です。(伊賀蔵の同僚です)
小田城と同日に真壁城の説明会が開催されるのですがご存知でしょうか。もしご存知でなければ参考までに。(前回と同様な投稿ですが…)
午前、午後の二部で時間も同じです。常陽新聞HP→今年の記事→12月3日に記事があります。

済みません、横着してました by ひづめ
茨城城郭会メンバーの同僚さん、こんにちは。

お知らせをありがとうございます。実は知っていたのですが、自分は行けないからと、横着してご案内を掲載していなかったのです。例年お定まりの2城同時開催で、午前、午後と両方を掛け持ちされる方は多いはずですね。明日に迫っていますが、ちょっとだけ追加しておきました。

失礼致しました by 茨城城郭会メンバーの同僚
恒例の行事なのですね。失礼致しました。
明日は晴れて欲しいですね。
別件ですが牛久市の小坂城跡が公園として整備されるそうですね。
整備方針を「なるべく昔の姿を残し、いざと言う時には防災広場となるような公園」としたと書いているのですが、念のため伊賀蔵さんと現況を記録してこようと考えております。
いい状態で保存してくれればいいなと思います。

by ひづめ
茨城城郭会メンバーの同僚さん、おはようございます。
 本日の小田城現説、私は都合で参加できません。天気は良さそうです、報告いただけるとうれしいです。ここのコメントよりも茨城城郭会の掲示板の方が多くの方が見ているかもしれませんね。

小坂城の後援計画も聞いています。1年半ほど前に行ったときは薮刈りがされていて、すばらしい眺めでした。こじんまりした城ですが、土塁・堀・横矢などかっちりした良いお城です。

その他、鹿島市の塚原館も調査中だと聞いています。

塚原館 by 一考
塚原館は,この間現地見学して,赤飯さんと調査担当の方と昼飯を喰いました。成果が出ているようですよ。現説もやれば,行ければ僕も行くつもりです。

現地説明会 by 伊賀蔵
ひづめさんこんばんわ。
こちらの掲示板に書き込みさせて頂くのは
意外と初めてかも知れません。

上記で書き込みしている同僚より情報頂いた
小田・真壁両城の現説ですが、私も所用にて参加できませんでしたが、
終わったあとの様子を見に行くことはできました。
真壁は数年振りの訪城になりましたが、
現況に対する感想は正直なところ微妙です。
なんか工事現場みたいになっちゃったな、みたいな。。
小田城もじっくり見て回ったのは久し振りでしたが、
細かいところの復元やら改変に目をやらなければ
非常に素晴らしい場所だということを改めて実感しました。
本丸跡周辺の威容みたいなものは他じゃなかなか味わえないと思いました。
個人的には、整備している範囲より北側の集落あたりが
どこまで城の範囲だったんだろう?という感じで散策するのが
一番楽しそうに思えました。

by ひづめ
一考さん、こんばんは。
 塚原館にはすでに行かれたのですね。以前行ったときにはかなりの薮だったのですが、主郭の形ははっきり分かりました。それなりの遺物も出ているそうじゃないですか。

伊賀蔵さん、こんばんは。
 小田城もこの先どのような整備になっていくのか、ちょっと不安ではあります。城の規模とか旧状を想像しながら周辺を含めて今が歩き時かもしれませんね。

コメントを閉じる▲

リストマーク 多気山城発掘現地説明会 

2009年09月13日 ()
多気山城発掘現地説明会へ行ってきた。発掘調査によるものなんだか既に工事によって崩されたものなんだか、もう随分と改変が進んでいるようで過去2回と印象が違って見えた。

0909131.jpg■最初に全体の説明
 午前の部参加者は155名、午後の部もおそらく100名程度の参加はあったと思われる。3班に別れ団体行動。団体行動の苦手なヤブレンジャーも若干名。
Open↓

0909132.jpg■郭へ向かう
 1班に入って道を昇り始める。とすでに道路が付けられ斜面にもかなり手が入っている。

0909133.jpg■主郭北西部
 画面中央部右の白線に沿って柱列があり、主郭への容易な通行を遮断する塀があったと想像される。

0909134.jpg■2郭西側下の横堀

0909135.jpg■主郭と2郭を結ぶ「馬ノリバ」といわれる馬の背の西側下の堀
 滑り落ちたらアリ地獄!

0909136.jpg■筑波山を正面に見ながら下山
 もう2度とこの城を見られないのだろうな。

0909137.jpg■出土遺物説明
 遺物の特徴は掘った広さの割に少ないことだそうだ。一言でいうと生活感の無い城ということになる。時代的には以下のような物らしい。2郭の前方後円墳周囲からは6世紀前半の古墳時代の埴輪が出土。室町時代のかわらけは現在の形になった多気城とは関係のない人びとの存在を臭わせる。戦国時代のかわらけは非常に数が少ないが、薄手で上品な作りは小田城で出土するものとは明らかに異なり真壁で作られたもの。16世紀後半のものと思われる鍋や火鉢も数が少なく威信材は無いので城主クラスが居城した雰囲気が無い。出土物数が少ない事からこの城が機能したのは短い期間と思われる。

■多気山城は地形的な特徴から茨城県南唯一、いやその工事量も加味すれば茨城県でも有数の山城と言えるが、いわゆる尾根筋を堀切で切断する典型的な山城でなく、むしろ横堀の充実した平地の城を山上に構築するという「天空の城」プランが見える。
 説明会資料には(1)小田氏が結城氏・真壁氏に備えた、(2)佐竹氏が後北条氏に備えた、(3)佐竹氏が徳川氏に備えた、など諸説が挙げられているが、余湖さんや竹さんが指摘されているように『明光院記』に明示されているように天正7年7月に改修されたならば小田氏勢力でない事は明白。佐竹氏あるいはその勢力下で改修された事はほぼ間違いない。
 オカちゃんは「小田氏を小田城から追い出した後、びしゃびしゃの小田城に入りたくなかった佐竹氏が新小田城として築いた城」と見ているそうだ。
 オカちゃん、アオさん、五郎さん、余湖さん、けむしさんなどヤブレンジャーの同窓会のようであり、土浦市の学芸員Iさんご夫妻、その他これまでネット上でしか存じ上げなかったPさん、竹さん、馬念さんなどの方々ともお会いできた。その他、参加者の何人かの方々の手に『図説茨城の城郭』があったのは嬉しい光景だった。

Close↑

[2009.09.13(Sun) 21:28] 調査・発掘情報Trackback(1) | Comments(4) 見る▼
↑TOPへ


COMMENT

by P
ひづめ様、こんばんわ。Pであります。
今日の現説はお疲れ様でした。最初で最期の登城でしたが、素晴らしい遺構を見ることができ、大変満足した1日でした。
また、ひづめ様始め、普段ネットでしかお話できないような方々とも初めてお会いできたことも、なによりうれしい事でした。
また機会がありましたら、お会いしたいですね。

by ひづめ
Pさん
今回の現説では、若い世代の割合が若干多く感じられました。そして歴女もいましたね。ともに頼もしい傾向です。
『図説茨城の城郭』の茨城城郭研究会とは別の集まりですが、茨城城郭会というのがあります(私の他メンバーは一部ダブっています)。こちらでも月例オフ会をしていますので、機会がありましたらどうぞ。
http://www4.ocn.ne.jp/~isiro/

by 竹
昨日はお会いできて光栄でした。ヤブレンジャー大集合な会でしたね。
縄張図ですが、おっしゃる通りに、野口氏元図にひづめさん追加・補正、ということで掲載させて頂こうと思います。まぁ結局なんで佐竹が築いたのか、さっぱりわからないんですが…(笑)
またTBさせて頂きました。今後ともよろしくお願いいたします。

by ひづめ
竹さん
 昨日はお名前だけ存じ上げていながらお会いしたことの無いという方に大勢お目にかかれる良い機会でした。Pさんへのレスにも書いたのですが、想像していたよりもずっとお若い方であったのがたいへん心強い印象でした。文献にお強い竹さんには県南の中世史をあっと驚かすような史料を見つけていただきたいと思います。
 昨日はあまりお話しする時間がありませんでしたが、また近辺でのオフ会などでお会いしたいと思います。『図説茨城の城郭』の茨城城郭研究会とは別のグループ(私のように一部は重なってはいます)で茨城城郭会という集まりもあります。機会がありましたらこちらのオフ会にもご参加ください。
http://www4.ocn.ne.jp/~isiro/

コメントを閉じる▲

リストマーク 多気山城発掘現地説明会 無くなる前に見に行こう! 

2009年09月09日 ()
090909.jpg多気城発掘現地説明会
  2009年9月13日(日) 
    1回目:10時30分~ 
    2回目:13時30分~
 問い合わせはつくば市出土文化財管理センター(電話029・867・4757)へ。

つくば市北条の山城、多気山城(=多気城)は近い将来かなり大々的に改変されそうで、それに先立って記録保存のために現在つくば市教育委員会が発掘調査を行っている。今回、土塁などの調査によって16世紀後半に佐竹氏の手が入っている可能性が明瞭になり、これまでの説が裏付けられたことになる。
[写真は小泉館から見た多気城の城山(2003年1月2日)]
 →毎日jp2009年9月9日記事
 →常陽新聞ニュースのコピー
 →東京新聞TOKYOWebのコピー
ともかく、みんなで現説へ行こう!

[追記]集合場所情報は茨城城郭会掲示板No.906に書きました。参考にしてください。
[2009.09.09(Wed) 18:41] 調査・発掘情報Trackback(1) | Comments(4) 見る▼
↑TOPへ


COMMENT

行きます by 竹
初めまして。余湖HPで時たま顔を出すものです。
私も第二回に参加予定です。余湖掲示板で話題を振りましたが、文献史料がありまして、現在執筆中です。出土遺物も16C後半ということらしいので、これでおおよその歴史的位置が明らかになりそうですね。初めて見るのでとても楽しみです!
TBさせていただきました。

by ひづめ
竹さん、初めまして。
余湖さんの掲示板でお名前は存じておりました。
多気山城について文献史料を使った論考を書かれているとのこと、今回の発掘結果はそれの後押しになったでしょうか。発表されましたらまたお知らせください。
多気山城については余湖さんも「小田天庵と藤沢城」の最後で取り上げられていました。
http://homepage3.nifty.com/yogokun/hujisawayurai.htm
多気山城は県南随一の山城で造作の規模も大きくすばらしい遺構ですし、常陸国の戦国史にとって重要な意味を内包している城址です。別の目的のために改変が予定されているとのこと、実に勿体ないことだと感じています。
TBの件、済みません、設定がきつくなっていたためか届いていないようです。再度送信してみてください。

by 竹
TBありがとうございました。
どうも明日は天気も大丈夫そうですし、楽しみです。
論文のおおよその内容は、余湖さんがご指摘されていることくらいしか出来ませんが、発掘調査の成果と「再興」というキーワードから、もうちょっと突っ込んで考えてみたいと思っています。
また、『図説』の縄張図を拝借するかと思います。ちゃんと出典と作成者のひづめさんのお名前も明記しておきますので。
私有地なのでいろいろと難しいでしょうが、出来れば津久井城のような素晴らしい自然と文化・歴史が一体となった公園として整備してほしいものです。

by ひづめ
竹さん
TBを受けることができました。竹さんのブログは後日じっくりと読ませていただきます。
ただいま我が家のある茨城県南には大雨が降っております。明日の多気山城20分登城コースは足元が悪そうですよ。
『図説茨城の城郭』の多気山城の図をお使いくださるのはありがたい限り。この図は私の作品というよりも、陰の功労者野口さんの図をお借りしたものなので、面倒くさいでしょうがそれが分かるキャプションでお願いいたします。
明日は午後の部にヨメさんその他と参加予定です。雰囲気でお気づきの際はお声をおかけください。

コメントを閉じる▲

リストマーク 小田城跡発掘調査 現地説明会 

2008年12月02日 ()
081202.jpg ようやく1週間前になって小田城跡発掘調査現地説明会の広報が出ました。つくば市のホームページをご覧下さい。

 →小田城跡発掘調査 現地説明会
  文化財室 電話:029-836-1111(代表)

 今年は本調査の最後の年なので必ず行くつもりをしていたのですが、毎年日曜日に行われて来た現説が今年に限って土曜日になってしまい、絶対に行けません。参加された方はぜひ茨城城郭会の掲示板にご報告ください。
[2008.12.02(Tue) 16:25] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(2) 見る▼
↑TOPへ


COMMENT

御礼 by バヤン
こんにちは。いつも貴重な情報を楽しみに拝見させていただいております。
今回、ひづめ様の情報のおかげで小田城の現地発掘説明会に参加することができました。
現説に参加するのは今回が初めてでしたが、貴重な障子掘の遺構を見ることができ、大変感謝しております。
ありがとうございました。
この場を借りて御礼申し上げます。

by ひづめ
バヤン様
 ご覧頂きありがとうございます。最近更新が滞りがちなのですがお役に立てて良かったです。
 私も翌々日に小田城を見てきました。いよいよ来年から整備工事が始まる様ですが、どのような姿で蘇るのか不安と期待が入り交じっています。

コメントを閉じる▲

リストマーク 美浦村の陸平貝塚で発掘調査 

2008年08月18日 ()
080818.jpg 美浦村にある国指定史跡陸平貝塚のD貝塚地区で発掘調査が行われています。今回は21年前の発掘調査区域を延長するような形での調査で、本日見学に行った時にちょうど21年前のトレンチが現れたところでした。調査は2週間ほどの予定だそうで、8月30日(土)に現地説明会があるとのことです。

 詳しくはこちらのページをご覧ください。スケジュールの他毎日の調査日誌も読むことが出来ます。
[2008.08.18(Mon) 17:53] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 小田城と小幡城の現地説明会報告 

2007年12月09日 ()
071209.jpg先週12月2日(日)は小田城での現地説明会、本日12月9日(日)は小幡城発掘現場の見学(現説には間に合わなかったから)。

0712092.jpg 報告書が出るまではネットでの紹介はしにくいが、報告書はいつ出るかよく分からないことが多い。小幡城については平成21年らしいが、そのころには現地で見た感動も薄れているし、そもそもこの遺構は壊滅しているし、なんだか蟠りが残る。[左:小田城、右:小幡城]

 小幡城での現説には参加できなかったが壊滅する前に遺構の様子だけでも見ておこうと午後現地へ行ってみると、ちょうど余湖さんも到着したところ。調査員の方は片づけの最中だったにも関わらず懇切丁寧な解説をして下さった(遺構解釈に関する内容については報告書発行までは公開を控えます)。そして『図説茨城の城郭』の話題が出たときの調査員さんの反応は本日一番の感動ものだったかも。
[2007.12.09(Sun) 19:45] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(2) 見る▼
↑TOPへ


COMMENT

お疲れ様でした。 by 余湖
今日は運がよければお目にかかれるかなといった程度に思っていたのですが、ちょうど同じ時刻に到着するとは、まったく偶然でしたね。

>そして『図説茨城の城郭』の話題が出たときの反応が

「図説茨城の城郭」を書いた者です、といったとたんに、調査員さんの態度がちょっと改まり、すかさず名詞を渡してくれましたね。
やっぱり見る人は見ていてくれるんだな、と思いました。
それにしても、ひづめ殿のカメラは、見た目も仰々しいだけあって、実にきれいに写真が撮れていますね。すばらしい映りですねえ。

では!

by ひづめ
申し合わせもないのに時間ピッタリとは笑えますね。

『図説茨城の城郭』は専門家の方にも「取りあえずは覗いておこう」と思わせる本になってくれたということでしょうか。身が引き締まりますね。

あの仰々しいのは広角レンズですが、こういう場面では威力を発揮します。

コメントを閉じる▲

リストマーク 小幡城発掘 追加情報 

2007年12月07日 ()
先ほど知人から知らせがありました。

 今度の日曜日(12月9日)午前中に行われる小幡城の現説ですが、翌日(12月10日)からは次の調査に移るために土塁部分が順次崩される予定だそうです。小幡城大手門跡と推測される付近に薬研堀で堀底~土塁頂の比高が6mほどの遺構が出ているそうです。ご覧になりたい方はお急ぎ下さい。
[2007.12.07(Fri) 21:00] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 大谷貝塚と小幡城の現説 

2007年12月05日 ()
今週末に行われる現地説明会のお知らせが茨城県教育財団埋蔵文化財部ホームページにありました。

【1】美浦村大谷貝塚
平成19年12月8日(土) 午前10時から正午まで

【2】小幡城
平成19年12月9日(日) 午前10時から11時まで

[2007.12.05(Wed) 07:50] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 百里基地周辺掩体壕の現説 

2007年11月21日 ()
小美玉市の百里基地周辺にある掩体壕の発掘現地説明会があります。

 日時 11月25日(日)午後 1時30分~

詳細は小美玉市の教育委員会へお問い合わせ下さい。
小美玉市教育委員会 〒311-3492 茨城県小美玉市小川4番地11
          電話 0299-48-1111 FAX 0299-58-4526
[2007.11.21(Wed) 08:32] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(2) 見る▼
↑TOPへ


COMMENT

掩体壕 by 一考
お!奇遇ですね。

明日20数名で案内受ける事になっております。

by ひづめ
この前、周辺のいくつかの掩体壕を回ってきたので現説へも行きたいのですが、当日は用事があって参加できずに残念です。

コメントを閉じる▲

リストマーク 恒例の小田城現地説明会 

2007年11月21日 ()
毎年恒例となっている小田城現地説明会は12月2日(日)です。

日時 12月2日(日)午前10時30分~、
           午後 1時30分~(2回・同内容)
    *小雨決行、雨天時=9日(日)に順延
場所 小田城本丸跡〔小田〕
    *駐車場は小田城本丸跡付近
問い合わせ先 つくば市出土文化財管理センター
       TEL029(867)4757
[2007.11.21(Wed) 08:28] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


リストマーク 『地名の向こうに遺構が見えた』 

2007年06月04日 ()
070604.jpg 『図説茨城の城郭』の執筆者の一人である石崎勝三郎氏が茨城県考古学協会誌に発表した論文『地名の向こうに遺構が見えた』の抜き刷りをいただいた。
 県内の「兎」地名に注目することから始まった地名調査が「新堀」「大堀」地名へと発展し、その現地踏査の過程でそれまで埋もれていた遺構を次々と発見されてきた経緯はすでにご本人からお聞きしている。頁の制約から『図説茨城の城郭』ではそのエッセンスだけしか載せられなかったが本論文ではその辺りもたっぷりとご披露されている。
 石崎氏の調査研究は示唆に富むもので、城館および地域史研究を補完する意味で今後も注目していきたいと思っている。

追記:茨城県考古学協会第29回研究/遺跡発表会は6月24日(日)に開催され、石崎氏もこの論文の内容を発表される。
[2007.06.04(Mon) 18:27] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(2) 見る▼
↑TOPへ


COMMENT

発表 by 一考古学徒
まだ残念ながら,読んでませんね。

茨城県立歴史館講堂での発表(6月24日(日)11時45分~12時15分)を楽しみにしておきます。


一足お先に by ひづめ
当日聞きに行けないので一足お先にいただきました。かすみがうら市の小川さんも発表されるようですね。

コメントを閉じる▲

リストマーク 調査報告書『片野城跡』 

2007年05月21日 ()
070521.jpg 源五郎さんから、昨年8月に行われた片野城の発掘調査の報告書ができているという情報がアオさんの掲示板[No.202]余湖さんの掲示板[No.6623]ウモさんの千畳敷[No.1772]へ寄せられています。[図は国書刊行会『図説茨城の城郭』片野城の縄張図(本間朋樹)]

[2007.05.21(Mon) 10:49] 調査・発掘情報Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
↑TOPへ


TOP | NEXT

周辺地域のイベント情報

PROFILE

CATEGORY

ENTRIES

COMMENTS

TRACKBACKS

管理人も執筆しています
および 改訂版
シリーズ2巻
『図説 茨城の城郭』
茨城城郭研究会編 各巻2800円+税

『藪ログ』内で検索

リンク集(クリック→)

カレンダー  

過去ログ(クリック→)

RSS

LINK LIST

Powered By

COUNTER