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リストマーク 春の内房 台場廻り 

2012年04月09日 ()
ようやく春の様気になった。今日はオカちゃんと富津へ砲台を見に行った。とりあえず写真のみ。

120410.jpg富津岬周辺の台場・陣屋


1204101.jpg元洲台場

1204102.jpg


1204103.jpg富津台場


1204104.jpg富津陣屋


1204105.jpg飯野陣屋


1204100.jpg竹岡で昼食


1204107.jpg竹岡砲台(東)

1204106.jpg


1204108.jpg久留里城

1204109.jpg
[2012.04.09(Mon) 21:15] 台場・海防Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 『水戸藩の海防史跡をたどる』展~水戸藩の台場巡り 

2009年04月21日 ()
日立市郷土博物館で開催されている『水戸藩の海防史跡をたどる』を見学し、翌日は旧十王町の友部御番陣屋を皮切りに大洗町の磯浜海防陣屋まで海岸線を南下しつつ9カ所の幕末海防施設を回って来た[参加者:岡田、ひづめ、ひるね]。2004年にも一通りは見ているが、間違えもあったのでそれらの再確認も兼ねての再訪だ。各施設の詳しい解説は記事の最後に挙げた参考書やページをご参照いただくとして、現況を一挙公開。

090420.jpg(1)友部御番陣屋 最近公園整備がされたようで草むらは整地されていたが、以前の方が良かったと感じる。

0904203.jpg(2)上台塚 うわだい-つか。友部御番陣屋の調練場と言われる。前回は陣屋しか見なかったのでこちらは初見。道側からだと薮で分かり難いが、西側へ回れば土盛が分かる。単純な円形の塚ではなく土が削り取られたものか砲弾で抉られたものか土塁が3本飛び出した櫛型あるいはカッパの指型。林木育種センターの道を挟んで西側。

0904209.jpg(3)川尻異国船遠見番所&折笠台場 川尻漁港西側の御番山の最頂部は見張台だったと思われる。その北側の一段低くなった所に番所の建物があったらしい。御番山麓に折笠台場はあったが現在は民家が建っていて台場遺構はないが、一段高くなっているのははっきりと確認できる。[写真は2004年時のもの]

助川館 今回はパス。

0904200.jpg(4)初崎台場 またも良く分からなかった。再々訪したい。[写真は2004年時のもの]

0904204.jpg(5)河原子台場 「河原子海岸の公衆トイレの場所」という情報を頼りに前回は烏帽子岩の近くのトイレの写真を写してしまった。そこよりも150mほど北にある「観光案内所近くの公衆トイレの付近」が正しかったようだ。さらに言えばそこから50mほど北に建つ白い建物の北隣の駐車場がもっと正確なようだ。

0904205.jpg(6)坂上陣屋 前回は知らなかったので今回が初見。幼稚園の駐車場の場所と推定されている。眺望は良いのだが管轄する河原子台場を直接目視はできない。こういう例は友部御番陣屋と川尻異国船遠見番所&折笠台場、磯浜海防陣屋と祝町向洲台場など珍しいことではないようだ。

大沼異国船御番陣屋 今回はパス。

水木異国船遠見番所 今回はパス。

0904206.jpg(7)久慈台場 前回は行戸公園の別の場所を見たが、琴平神社の付近がより正確らしい。見学の際は行戸公園と行戸児童公園とを間違えない様に。

0904207.jpg(8)東塚原台場 なんといってもホームページ『平磯町の懐かしい時代』の管理人さんの詳細な調査によって、まず間違いないと思われる精度で台場の場所が比定されたのは最近の画期的な出来事。詳細は「水戸湊の御台場 我、東塚原台場を特定せり!」にあるので、その記事をたよりに見て来た。写真の土塁が遺構かどうかははっきりしないが場所はこの辺り。

和田台場 今回はパス。

寅賓閣海防見張番所 いひんかく。今回はパス。

祝町向洲台場 今回はパス。

0904208.jpg(9)磯浜海防陣屋 最近第2面の薮が刈られ中央の塚と土塁および東側辺縁の土塁が出たと聞いていたので見て来た。現在第3面と呼んでいる土壇を初めて見たのが丁度5年前の2004年4月26日だった。その後、一考さんや大洗町の歴史と自然を楽しむ会のメンバーが国立歴史民俗博物館所蔵史料水戸天狗党絵巻の中に磯浜海防陣屋が描かれていることを発見、その確認のためにものすごい薮の中を本格的に踏査したのが2007年10月23日(私も参加)。下から第1面、第2面、第3面と3段からなる構造はそのときに初めて明らかになり、古絵図に描かれたものが裏付けられた。さて、残る第1面だが、その全容が明らかになるのもそう遠いことではないと思われる。

【参考】
『ガイドブック助川海防城と陣屋・番所・台場』 友部御番陣屋から久慈台場までは本書があれば初めてでもほぼ回れると思う。今回、日立市郷土博物館で購入。
『水戸藩の海防史跡をたどる』展示会図録 日立市郷土博物館で購入。
『常陸国における江戸時代台場の集成的検討』 茨城県内の近世台場を網羅した画期的報告書。
『国別 城郭・陣屋・要害・台場事典』
友部海防陣屋調査会のホームページ『友部海防陣屋』
茨城県内の幕末海防施設 内容が古くなっていますのでご理解の上ご利用ください。
[2009.04.21(Tue) 20:30] 台場・海防Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 函館漁港石積み防波堤の復元の記事を読んで 

2009年03月17日 ()
benten20.jpg 函館新聞NEWS WEB(2009年3月17日(火))に、「石積み防波堤どうの復元、検討会が方策案まとめる」として函館漁港舟入澗の石積み防波堤の老朽化を食い止めるための復元保存についての検討会が開かれたという記事があった。
 1899年(明治32)年に完成したこの防波堤は、近代港湾施設の先駆けとなったとして2004年に土木学会の「選奨土木遺産」、06年には水産庁の「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財100選」、今年2月には経済産業省の「近代化産業遺産群」に選定されていると書かれている。

 ところで、この石積み石の多くは箱館開港時に作られた弁天台場を崩したときの石で、台場の生まれ変わりがこの石積み防波堤だという歴史的価値に一言も言及していないのってなぜなんだ。

 弁天台場と石垣石のことは弁天台場のページに以前少し書いておいた。
[2009.03.17(Tue) 18:28] 台場・海防Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 大洗磯浜海防陣屋の最近 袋田の滝 

2008年10月22日 ()
081019.jpg 磯浜海防陣屋の土壇 年々薮の勢いが衰えて行きます。昨年酷い薮をかき分けて踏査したときに見つけた西側部分の一部が草刈りされていました。さらに草刈りが進み陣屋の全体を一望できる日が楽しみです。

0810192.jpg レトロ 大洗はこんなものを探しながら歩いても楽しい街です。

【この夜は、話食庵で飲食会。店を出たころにはかなりの雨。ところが翌朝はカラリと晴れ上がり水郡線での袋田の滝めぐりには最高の天気になりました。】

081020.jpg 水郡線ディーゼルカー 聞くところによるとダッシュの良いディーゼルだそうです。

0810202.jpg 袋田の滝の上の方 観瀑台からだけでなく滝の上から見下ろせるという場所まで足のすくむ思いをして昇って来ました。おかげで地ビールと鮎の塩焼きが美味しかったです。

0810203.jpg 袋田駅前 ここに道しるべはいらないように思いますが。

[2008.10.22(Wed) 13:20] 台場・海防Trackback(0) | Comments(4) 見る▼
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最近ローカル線が気になります by 五郎
海防陣屋というとただの藪という印象しかないのですが(失礼)ここはなかなか見事なんですね。
袋田の滝へは鉄道で行ったんですか。紅葉の季節には水郡線の旅は良いでしょうね。1ヶ月ほど先でしょうか。ローカル線にしてはずいぶんスマートなディーゼルカーなんですね。のんびりというよりスピード感を楽しめそうですね。

ところで当方はきょう牛久沼畔の台地上で小規模な堀のある砦のような遺構を見つけました。牛久城、遠山城の南、両城からほぼ等距離の位置ですが、ひづめさん知ってました?

by ひづめ
五郎さん、こんばんは。
 磯浜海防陣屋はただいま大洗の地元の皆さんが主体的に動いて保全を進めている史跡です。調査はこれからで、現在遺構の全体像の確認作業中といったところです。昨年、鳥瞰古絵図を片手に私もいっしょに歩かせてもらいましたところ、古絵図に描かれている段差や横矢状の張り出しや土塁が見つかりました。ただいまほっかほかでエキサイティングな史跡ではないでしょうか。
 ローカル線の旅です。紅葉にはまだ少し早かったです。平日だからわりと空いていましたが、観光シーズンにはすごい人出になる事が予感されました。鮎の塩焼きが美味しかったです。滝はともかく、「鮎を食べにもう一度行きたい」と嫁さんは言っております。
 牛久沼畔の台地上の遺構って八幡台城でしょうか?企業の敷地になっているところ?

by 五郎
1年で環境が劇的に変化したんですね。1年前に藪漕ぎしたひづめさんは感慨も一入だったことでしょう。ホットなうちに私も出かけてみる気になりました。紅葉と鮎の塩焼きもいいですね。
八幡台城というのは現在日立照明の工場になってる場所でしょうか。今回見つけたのはそ北隣の台地先端です。
茨城県遺跡地図はガラクタに埋もれてしまって掘り出さないと見られないのでまだ未確認なんですが。

by ひづめ
八幡台城は日立照明の工場地になっています。これは以前五郎さんに教えてもらったんでしたね。
今回見つけられたのはその北側台地先端ですか。今、航空写真を見ましたが、遠山城や八幡台城を含め舌状台地が指のように突き出していて、どの部分にも砦がありそうです。今回ご指摘の台地先端を眺めると確かに森のラインに堀切のような切れ目があるようにも見えます。余湖さんのページで紹介されていないという事は最新の『茨城県遺跡地図』で未登録ということだと思います。今度時間を見つけて見に行ってみます。

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リストマーク 兵庫の砲台巡りと明石城 

2008年04月02日 ()
大阪に用事があって行って来た。ついでに兵庫の史跡巡り。時間が無くて取りあえず写真だけアップで説明は後日。

1日目
 土浦から高速バスに乗り早朝に大阪着。080331.jpgその足で、西宮砲台へ。

0803312.jpg そこから歩いて今津砲台跡へ。対岸には今津の灯台も眺められる。

0803314.jpg 次に向かうのは和田岬砲台。ここは三菱重工神戸造船所の敷地内になっているため先週予約しておいた。本日の予定はここまで。

 この近くにはもう一つ湊川砲台というのが現在の川崎重工神戸造船所内にあったらしいが隠滅しているとのこと。

2日目
080401.jpg 明石へ。明石市立天文科学館を見学。

明石城は駅の真ん前。0804012.jpg

0804013.jpg 舞子駅前の明石藩舞子台場を見て今回の砲台巡りを終了。
[2008.04.02(Wed) 23:12] 台場・海防Trackback(0) | Comments(4) 見る▼
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舞子台場 by 一考
舞子台場は,近くを通ったんですが,通過が夜で実見はできておりませんので,うらやましいです。

一昨年ぐらいに史跡整備に伴う発掘調査を行っていて,当該教委に連絡すると,報告書の複写物(実費負担)を送ってくれます。僕も送ってもらいました。

by ひづめ
一考さん、こんばんは。
 左右対称の輪郭の西半分が残っている感じでした。マンション建設時の発掘で出て来た石組みの一部は常時見る事が出来るような展示になっています。ここは駅から眼と鼻の先なので昼に通るのでしたら絶対にお勧めですね。次回はぜひどうぞ。

by ふくだ
大阪湾北岸を総なめですね(^_^)
私は実は、今津砲台跡だけは前を通りかかっただけで、きちんと行ったことがありません。
和田岬砲台も、修復中の様子というのは、それなりに貴重なシーンかもしれません。以前は内部も公開していたのが、ここ数年は老朽化で閉鎖されたままだったので、いずれまた見学できるようにしていただければと思っています。

舞子砲台は神戸市のサイトにいつのまにか復元CGが載っていました。
http://www.city.kobe.jp/cityoffice/57/032/bunkazai/syokai/maiko_hodai.html

by ひづめ
ふくださん情報のおかげで滞り無く回れました。

>大阪湾北岸を総なめ
 前回は天保山から堺方面へ行ったので大阪湾をぐるっと囲みました。大阪の海防には土浦藩が深く関わっているので興味があります。

>今津砲台跡
 あの石碑の石は円筒砲台の砲眼の下、ちょうど腰巻きの様に出っ張って見える部分に使われていた石のようです。

>内部も公開
 本当にせっかく唯一のこった内部の遺構ですから公開してほしいです。それが見られると思っていたので今回は残念でした。

>舞子砲台
 発掘遺構の一部を公開展示してあるのは好感が持てました。

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リストマーク 品川第三台場 

2007年01月16日 ()
zu-sinagawa.gif 江戸東京博物館で行われている特別展『江戸城』へ行ったついでにレインボーブリッジ下にある品川第三台場第六台場を見てきた。幕末に作られた台場遺構の中で全国的にももっとも良好に残されているもののひとつと思われるし、また、台場の規模・堅牢さでは函館の弁天台場、規模では大洗の祝町向洲台場などと同レベルと思われる。その意味でも一度見ておきたかった。[図は『品川台場史考』扉絵の一部に台場番号を附した]
[2007.01.16(Tue) 00:38] 台場・海防Trackback(0) | Comments(2) 見る▼
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内海台場 by 一考古学徒
内庭と胸墻との比高,圧巻だったでしょう?規模こそ向洲台場と同様でも,大きな違いでしょうね。

5間4尺6寸 by ひづめ
規模というよりも広さが同じくらいと言うべきですね。胸墻の比高は『品川台場史考』の図表に5間4尺6寸とあるからざっと10mですね。天下普請とは言えこれをおよそ100日くらいで作ったらしいですが埋め立てを考えるとすごいですね。

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リストマーク 友部海防陣屋に関するホームページおよび書籍の紹介 

2006年09月20日 ()
060918.jpg 十王町(現日立市)の友部海防陣屋について解説した友部海防陣屋調査会によるホームページがこの夏公開された。友部海防陣屋調査会というのはおそらく地元の有志による史跡調査や保存を目的とする会なのだと思われるが、ホームページ管理人氏によると、6年掛かりで完成した『友部海防陣屋』の本 (1575円)の出版を機会に、陣屋のことを広く知ってもらおうとホームページを作ったそうだ。
 私も海防施設(陣屋・番所・台場)については興味があってこれまで自分なりに調べたことを「茨城県内の幕末海防施設」にまとめて紹介しているが、この分野についてはまだまだ情報が少なく、友部海防陣屋のようにきっちりと調べられているページは貴重だ。ページ構成も簡潔で知りたいことにアクセスしやすい。今後の調査成果によって充実することが期待できるページだ。
*写真は先手物頭屋敷周囲の土塁跡(『美浦村お散歩団』より)
[2006.09.20(Wed) 00:08] 台場・海防Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 茨城県内台場に関する初の集成 

2006年06月26日 ()
060626.jpg 昨日茨城県立歴史館で開催された茨城県考古学協会の 第28回研究・遺跡発表会において蓼沼香未由氏が発表された『常陸国における江戸時代台場の集成的検討』は茨城県内の近世海防施設である台場に関する初のまとまった研究だと思う。2004年冬頃からいっしょに台場めぐりをしてきたひづめとしても待望久しい成果発表だった。これで茨城県の台場についてようやく前進の糸口が掴めたと言える。今後の内容深化が大いに楽しみだ。

[2006.06.26(Mon) 17:31] 台場・海防Trackback(0) | Comments(2) 見る▼
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by とら
あれま?ご紹介どうもー。

本当にいろいろとお世話になりっぱなしで。共同研究としても良いかもしれませんね。

今後とも宜しくお願いします。


by ひづめ
やはりプロは上手にまとめるなぁと感じました。私も『図説茨城の城郭』が落ち着いたら海防についてまた調べたいと思っているので、よろしく。それにしてもこの集成は使えるし、今後の進展に期待が膨らみます。研究成果が出たら、端っこに小さな名前でも入れてください。

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リストマーク 荒野海防陣屋と台場探し 

2006年05月22日 ()
『図説茨城の城郭』の作業にかまけて、ここ1年ほどお城めぐりや台場調査が滞っていましたが、昨日は久しぶりにトラレンジャーとらさん企画の「鹿嶋沿岸台場オフ」に参加し、みなさんといっしょに楽しい時間を過ごしました。参加者はとらさん、赤飯さん、銚子のあきもとさん、ひるね、ひづめの5名。
20060522205820.jpg荒野台場および海防陣屋平井台場比定地を歩きました。荒野台場については面白いものを見つけましたが再調査は寒くなってからにしたい気分です。夜はみんなで宴会へ突入、ひるね&ひづめはそのまま近くの安宿に宿泊。
 一夜明けて、二日酔い気味で宿を出、潮来の煎餅屋つか本で腹一杯煎餅を食べさせてもらい、地元へ帰ってきたら吉原二重堀の発掘現場に行き当たりました。その件については次のエントリーをご覧下さい。
[2006.05.22(Mon) 19:50] 台場・海防Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 海防施設調査(トラレンジャー) 

2006年01月09日 ()
トラレンジャーとらさんは、茨城県の近世海防施設について調査されている数少ない研究者の一人です(一人以上いるのか?研究者ではないですが私も海防施設については0.5人分のつもりです)。県内最大、全国的にも最大級の台場遺構「祝町向洲台場」のある大洗のとらさんがやらなくて誰がやるというくらい、ピッタリの組み合わせです。そのとらさんから鹿嶋市内の台場の情報が入ったという書き込みが掲示板サロン・村上にありました。また、この寒い中、北茨城市まで折笠台場その他の調査に行かれたようです。今年もまた茨城県の海防施設の研究が進みそうです。
[2006.01.09(Mon) 07:28] 台場・海防Trackback(1) | Comments(2) 見る▼
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not subject by とら
またその内,海防関係歩きましょう。といってもお忙しそうですから秋以降かな?
常陸海防の研究に関しては,日立市などを中心に文献史学面からのアプローチは古くから盛んなんです。でも施設の立地とか,構造の変遷とか,遺物の生産と供給とか,遺構遺物主体のどちらかと言うと考古学方面からの研究は,I.Ishikawaさんの助川館の瓦分析,私,そしてひづめさんと県内多く見積もっても3人しかいないでしょうね。

not subject by ひづめ
夏には一段落しそうです。その後のテーマは未定ですが、海防では土浦藩関係の史料を探したいとは思っています。切っ掛けが掴めないですが。

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リストマーク 南総海防施設4題(トラレンジャー) 

2005年08月16日 ()
8月14日のエントリー「南総幕末海防施設」でご案内したようにトラレンジャーとらさんは先週末に南総海防施設をいくつか回ってきたそうです。馬場台場岩和田船谷台場一宮台場小浜台場。とくに一宮台場は台場単独で町指定史跡となっているそうで、けっこう貴重。
[2005.08.16(Tue) 21:14] 台場・海防Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 南総幕末海防施設(トラレンジャー) 

2005年08月14日 ()
『常陸古文化探求室』のトラレンジャーとらさんのブログ『一考古学徒の思うところ』によると千葉県の沿岸にはかなりの数の海防施設が残存しているらしい。一宮町には町指定史跡の台場があるそうで、貴重な遺構だと思う。
[2005.08.14(Sun) 19:12] 台場・海防Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 東塚原台場と旭丘台場 

2005年06月27日 ()
トラレンジャーとらさんのブログ「一考古学徒の思うところ」によると、ひたちなか市の東塚原地域にまた一つ台場情報を見つけてきたようです。『写真集那珂湊市史』の東塚原台場と『水戸烈公の国防と反射炉』の旭丘台場が同じものなのか別物なのか、またまた疑問が増えました。
[2005.06.27(Mon) 22:52] 台場・海防Trackback(0) | Comments(3) 見る▼
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東塚原台場 by とら
『写真集~』の東塚原台場は誤記といってましたよね。>S先生。正しくは和田台場。『写真集~』の写真は『明治40年茨城県写真帖』という明治40年に出た本からの転載であることがその後わかり,そちらには「湊砲台跡」とあります。これは一般に和田台場を指します。

「東塚原台場」の出典は何でしたっけ by ひづめ
そうでしたね、『写真集~』の写真は東塚原台場ではなかったのでした。では「東塚原台場」の出典は何だったのでしたっけ。

出典は by とら
『那珂港名所図画』ですね。

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リストマーク 這いつくばっても歩けない茨城最北の藪(トラレンジャー) 

2005年04月17日 ()
掲示板サロン・村上によると、先週末のトラレンジャーとらさんの海防施設踏査は険しい道のりだったみたい。
[2005.04.17(Sun) 21:40] 台場・海防Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 北茨城市幕末台場巡り(トラレンジャー) 

2005年04月14日 ()
幕末海防施設についてはトラレンジャーとらさんとミホレンジャーひづめがそれぞれテーマにしています。昨年夏には連れだって数回に分けて茨城県の海岸線をほぼ全て回りました。その後とらさんの手元に資料が増えたこともあり、再度先週末の2日を使って茨城県最北の地北茨城市平潟漁港まで行ってきたそうです。場所によっては遺構らしきものもあったようです。その辺りのことは、とらさんの掲示板「サロン・村上」からご覧下さい。
[2005.04.14(Thu) 21:00] 台場・海防Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク ほとんどなにも分かっていない銚子の台場巡りをしてきました 

2004年09月20日 ()
 台場部会々員(そんなもんどこにあるんじゃ?)の赤飯さん(『WCN』 管理人さん)、トラレンジャーとらさん、ミホレンジャーひづめ&ひるねは、赤松宗旦『利根川図志』の「銚子濱磯巡の図」 を頼りに銚子の台場を探しに行ってきました。銚子に不案内の茨城県人ばかりでは心許ないと思っていたところ、お忙しい時間をやりくりして地元のあきもとさん(『秋元健一のホームページ』 管理人さん)が案内をしてくれたおかげで、銚子の歴史・地形の変化などのポイントとなる部分を押さえながら日曜日午後だけの短い時間ではありましたが、とても中身の濃い濱磯巡りになりました。
銚子の台場については資料がほとんどなく、いまのところほとんど分かりません。『美浦村お散歩団』 ではとりあえず現在推測できる範囲で紹介しておきました。

 →『美浦村お散歩団』の「銚子の台場」
[2004.09.20(Mon) 17:00] 台場・海防Trackback(0) | Comments(2) 見る▼
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銚子の台場 by 中村茂
銚子に残る高崎藩士の墓を探していて、このホームページで外川にある竹之内啓蔵の墓を知りました。感謝。あとで実地見聞する予定。
なお、昨年、高崎の某藩士子孫宅で見つかった銚子海防絵図には、11ケ所の台場が記入されています。(12ではない)。

by ひづめ
中村茂さん、初めまして。

銚子の台場情報がお役に立てたとの事、うれしく思います。後日実地見聞をされましたら、ぜひその様子をお知らせください。

また、銚子海防絵図が、最近見つかったとの事ですが、たいへん興味深い事です。個人蔵とのことですので公開されてはいないのでしょうか。もしも、博物館などで公開されるようでしたらお知らせ頂きたく思います。

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リストマーク 日立市および十王町の海防施設+アルファ 

2004年09月08日 ()
茨城県内の海防施設、残るは高萩だけだ:
 トラレンジャーとらさんとミホレンジャーひづめは日立市と十王町の幕末海防施設を回ってきました。午前中は日立市郷土博物館の学芸員さんから村絵図を中心に陣屋や台場のお話しを伺い、午後は日立から南へ帰りながら陣屋や台場を回ってきました。台風が近づいている影響で時折土砂降りになるも、車を降りる頃には止んでしまうというラッキーぶりは超晴れ男のひづめの神通力でしょうか。県内の海防施設、これまで知られている場所で残るは高萩市の浜野台場のみとなりました。
回ったところ:
日立市:久慈台場、水木異国船遠見番所、大沼異国船御番所、河原子台場、初崎台場、助川館、蓼沼館、川尻異国船遠見番所(+折笠台場)、新城館
十王町:友部異国船御番陣屋、友部城
これらは『美浦村お散歩団』 に掲載してあります。
[2004.09.08(Wed) 12:16] 台場・海防Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 日立市初崎台場 

2004年09月08日 ()
とらさんとひづめの台場位置の解釈の違い:
 トラレンジャーとらさんのページ『常陸古文化探求室』 でも、さっそく初崎台場 の紹介が載りました。台場の場所に関してはミホレンジャーひづめの解釈 と異なっていますが、これは会瀬村絵図の見方の違いからだと思います。今のところひづめは日立市の解釈を採用していますが、とらさんの見方の方が村絵図にはより近いように思います。
[2004.09.08(Wed) 06:31] 台場・海防Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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